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大阪地方裁判所 昭和56年(ワ)501号 判決

原告 猪口英弥

右訴訟代理人弁護士 北村巖

同 北村春江

同 古田冷子

同 村上充昭

被告 山種証券株式会社

右代表者代表取締役 山崎富治

右訴訟代理人弁護士 藤井与吉

主文

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、原告

1. 被告は、原告に対し、朝日投信委託株式会社が設定した次のファミリーファンドの受益証券を交付せよ。

(一)  昭和五四年一二月二八日被告が募集したファミリーファンド二二八万円口

(二)  昭和五五年二月一九日被告が募集したファミリーファンド二四二万円口

2. 被告は、原告に対し、金六三一万三八〇〇円およびこれに対する昭和五五年七月四日から支払済まで年六分の割合による金員を支払え。

3. 訴訟費用は被告の負担とする。

との判決および仮執行の宣言。

二、被告

主文同旨の判決。

第二、請求原因

一、原告は、被告大阪支店の営業主任長谷川政雄を通じて、被告に対し、原告が取得して被告に寄託中の株式の売却を委託し、被告は、右委託にもとづいて、次のとおり株式を売却した。

1. 昭和五四年一二月二八日、タカラブネ株式会社の株式一万株を代金八〇〇万円で売却

2. 昭和五五年二月一九日、株式会社島津製作所の株式六〇〇〇株を代金三九二万四〇〇〇円で売却

3. 同年六月三〇日、株式会社ミドリ十字の株式一万株を代金一八九〇万円で売却

右3の決済日は取引日の四日後の同年七月三日の約定であり、長谷川は、右各売却日ころ、原告に対し、右のとおり売却した旨を通知した。

二、被告は、前記一1. 2の取引当時、朝日投信委託株式会社が設定運用しているファミリーファンドの募集取扱業務を担当していたことから、長谷川を通じて、原告に対し、前記一1. 2の各売却日に右ファミリーファンドの申込をしてほしい旨勧誘したので、原告は、これに応じ、前記一1. の取引日に右ファミリーファンド二二八万円口、前記一2. の取引日に同ファンド二四二万円口の各申込をし、代金は前記一1.2.の売却代金をもって充てることとし、被告から長谷川を通じて右各ファミリーファンドの領収証を受領した。

三、被告は、有価証券の売買の媒介、取次又は代理、有価証券の募集又は売出などの営業を目的とする証券会社であり、長谷川は、被告大阪支店営業部員として勤務し、昭和五四年一〇月以降、被告より主として大阪支店以外の場所で被告のために株式売買の取次又は代理、ファンドの募集取扱業務を行うことを命ぜられてその任に当っていたもので、証券取引法第六二条の外務員に当り、同法第六四条により、被告に代って有価証券の売買その他の取引に関し一切の裁判外の行為を行う権限を有するものとみなされる。

四、仮に長谷川に被告を代理して本件取引をなす権限がなかったとしても、原告は、長谷川にその権限があるものと信じていたもので、そう信ずるについて正当の理由があったから、被告は、原告が長谷川との間でなした契約上の債務を負担するものである。

五、よって、原告は、被告に対し、前記二の各ファミリーファンドの受益証券の交付と前記一3の代金残額金六三一万三八〇〇円およびこれに対する昭和五五年七月四日から支払済まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三、被告の認否および主張

一、請求原因一の事実中長谷川政雄が被告大阪支店の営業主任であったことは認めるが、その余の事実は否認する。同二の事実中被告が原告主張のファミリーファンドの募集取扱業務を担当していたことは認めるが、その余の事実は否認する。同三の事実中長谷川が被告に代って有価証券の売買その他の取引に関し一切の裁判外の行為を行う権限を有するものとみなされることは争うが、その余の事実は認める。同四の事実は否認する。

二、長谷川が原告との間でなした行為は、被告の従業員としての権限の範囲内に属するものではなく、原告もこのことを知っていたものであり、仮に原告において長谷川が被告を代理して右行為をなす権限を有すると信じたとしても、そう信ずるについては正当の理由はない。その理由は次のとおりである。

1. 原告と長谷川との売買取引は別表(一)記載のとおりであり、右取引一三回のうち一二回までが公募株であった。公募株は、時価より安く売り出されることもあって、一般の証券会社に対し少量しか割当がなく、したがって、特殊な顧客でなければ容易に入手できず、その買付ができた場合も一人当り一〇〇〇株か二〇〇〇株どまりであるのが実情である。

2. ところが、原告が長谷川との間でした公募株買付の約定は、いずれも三〇〇〇株ないし一万株という大量のもので、しかも、右取引中五回分が協和銀行の長谷川個人の口座に振込まれており、これら株式は短いもので三日目に、長いものでも二カ月以内に売却した形がとられ、その代金は長谷川から現金で、又は滋賀銀行の猪口博子口座に振込んで原告に引渡されたり、次の公募株の買付代として授受が留保されたり、あるいは長谷川の偽造した領収証やヨシダショウジ宛の額面六二七万円の保証金代用預り証等によって処理されている。

3. 長谷川は、当初原告に対し、公募株は会社に対する割当が少く、その入手は容易でないが、それについてそちらでも考えてくれるなら個人として何とか努力すると言ったところ、原告からリンナイ三〇〇〇株の買付を依頼されたことから架空取引が始ったものである。しかし、証券会社の社員が顧客の委託がないのに予め自分個人で公募株の買付をしておき、希望する顧客にそれを分譲することは証券会社の業務行為に含まれない。

4. 長谷川は、実際にはリンナイ三〇〇〇株の公募株を入手できず、被告にも原告に分譲できる公募株式がないのに、嘘を言って原告からその買付代金名下に金を受領したところ、その後原告から買付株式売却の指示を受けたので、あたかも利益を得て売ったように装い、利益分として六〇万円を加算し、原告に対し、売却代金として四四一万円を支払い、その後も同様のことを反覆していたもので、その結果、別表(一)記載のとおり、原告は架空の取引によって、本件分を除外しても五九四万二五二六円、本件分を加えると一六九五万六三二六円もの不当な利益を得たものである。

5. 原告は、公募株は被告に正規に申込んだ場合容易に買付できず、買付できたとしても一銘柄一〇〇〇株までであることや、被告との正規の取引であれば被告から売買報告書や預託証券については番号の記載のある預り証が発行されることを熟知しながら、これらの書類の交付を受けずに長谷川との取引を継続していたものであり、売却代金も当初の二回を除き長谷川個人名での送金を受け、買付代金も原告より長谷川個人宛に送金していたのであるから、長谷川が被告を代理して行った取引でないことを知っていたものである。

三、原告は、長谷川が原告との取引について被告を代理する権限のないことについて悪意であったから、証券取引法第六四条第一項の規定は適用されない。

四、仮に原告主張の売買が有効に成立したとしても、原告の被告に対する売買契約上の権利は被告の不履行によって損害賠償請求権に転化したものであり、右不履行については原告にも重大な過失があるから過失相殺されるべきである。

第四、証拠〈省略〉

理由

一、被告は、有価証券の売買の媒介、取次又は代理、有価証券の募集又は売出などの営業を目的とする証券会社であり、長谷川政雄は、被告大阪支店の営業部員として勤務し、昭和五四年一〇月以降、被告より主として大阪支店以外の場所で被告のために株式売買の取次又は代理、ファミリーファンドの募集取扱業務を行うことを命ぜられてその任に当っていたもので、証券取引法が六二条の外務員に当るものであることは当事者間に争いがない。

二、〈証拠〉を総合すると、次の事実が認められる。

1. 長谷川政雄は、被告大阪支店の営業主任であった(この事実は当事者間に争いがない。)が、実際には被告の従業員として被告と顧客間の正規の取引行為を成立させる意思がないのに、これがあるかのように装って、顧客から金員を騙取しようと企て、昭和五四年夏ころから昭和五五年七月ころまでの間に、原告ほか数名の顧客に対し、公募株等の買付注文を被告宛に出すよう勧誘し、その買付代金名下に金員を騙取し、以後、実際には株式の売買行為を行ってはいないのに、顧客から被告宛の株式の買付、売付等の注文をとって金員を授受することにより、顧客には被告との売買取引が行われているかのように誤信させて欺罔していた。

2. 長谷川は、右架空取引の勧誘による詐欺行為の一環として、昭和五四年一〇月ころ、原告に対し、リンナイの公募株三〇〇〇株を代金三八一万円で被告宛買付注文をするよう勧誘し、公募株は時価より安く買えるから短期間で売却してもうけることができる旨説明したので、原告は、これに応じ、同月三〇日、被告宛に代金として三八一万円を送金し、その後同年一一月九日、長谷川に対し、右リンナイ三〇〇〇株の売却注文をしたので、長谷川は、同日、原告の指示により、原告の妻猪口博子名義の預金口座に被告を送金人として右売却代金四四一万円(買付代金額に利益金六〇万円を加算)を送金した。しかし、実際には、公募株は時価より安く売り出されることから、一般証券会社に少量しか割当がなく、長谷川が原告に対して買付注文を勧誘した公募株もすべて被告に入手できる見込のないものであったので、長谷川は、右株式の買付、売付とも全然実行することなく、原告にはこれを実行したように装って、その代金の授受だけを被告には秘して他で詐取した金員等を振り当てる等の方法をとって自己の計算で行っていた。

3. 長谷川は、以後同様の方法で、別表(二)記載(別表(一)に赤線で囲む部分を付加、訂正したもの)のとおり、原告との株式売買等の取引をしたが、これらはすべて被告とは無関係になした架空の取引行為であった。

4. 長谷川は、昭和五四年一二月一一日、原告からタカラブネ株式会社の公募株一万株を代金七〇〇万円で買付注文を受けて、これを買付けた旨の虚偽の報告をしていたが、同月二八日、原告から右株式売却の注文を受け、買付けてもいなかった右株式を代金八〇〇万円(手数料二七万円を控除して手取額は七七三万円)で売却した旨報告して、そのうち五四五万円を原告の指示により猪口博子名義の預金口座に振込送金し、残額二二八万円は、当時被告が朝日投信委託株式会社の設定運用にかかるファミリーファンドの募集取扱業務を担当していたこと(右業務担当については当事者間に争いがない。)から、原告に対し、右ファミリーファンドの申込をしてほしい旨勧誘してその申込を得て、右ファミリーファンド二二八万円口の代金に充てることとした。

5. 長谷川は、昭和五四年一二月二八日ころ、原告からヤクルトの公募株五〇〇〇株を代金七二五万円で買付注文を受けて、これを買付けた旨の虚偽の報告をしていたが、昭和五五年二月五日ころ、原告から右株式売却の注文を受け、買付けてもいなかった右株式を代金八九五万円(手数料一〇万四〇〇〇円を控除して手取額八八四万六〇〇〇円)で売却した旨報告して、そのうち四二三万二〇〇〇円を原告に交付した。

6. 長谷川は、昭和五五年二月五日ころ、原告から株式会社島津製作所の公募株六〇〇〇株を代金三〇一万八〇〇〇円で買付注文を受けて、これを買付けた旨の虚偽の報告をした(買付代金はヤクルトの株式売却代金を充当したと称していた。)が、同月一九日、原告から右株式売却の注文を受け、買付けてもいなかった右株式を代金三九二万四〇〇〇円(手数料七万三〇〇円を控除して手取額三八五万三七〇〇円)で売却した旨報告して、右売却代金額から買付代金額を差引いた利益金八三万五七〇〇円と、前記5のヤクルトの株式売却代金八八四万六〇〇〇円から原告への交付額四二三万二〇〇〇円と株式会社島津製作所の株式買付代金三〇一万八〇〇〇円とを差引いた残額一五九万六〇〇〇円との合計二四三万一七〇〇円中二四二万円は、原告に対し、右ファミリーファンドの申込をしてほしい旨勧誘してその申込を得て、右ファミリーファンド二四二万円口の代金に充てることとし、残額中五七〇〇円を原告に交付した。

7. 長谷川は、昭和五五年六月一一日、原告から株式会社ミドリ十字の公募株一万株を代金一五六五万円で買付注文を受けて、これを買付けた旨の虚偽の報告をしたが、同月三〇日、原告から右株式売却の注文を受け、買付けてもいなかった右株式を代金一八九〇万円(手数料三一万六二〇〇円を控除して手取額一八五八万三八〇〇円)で売却した旨報告し、原告に対し、右売却代金の一部と称して同日に七〇〇万円、同年七月一一日に二四四万円を交付した。

8. 以上の取引の結果、原告から長谷川に対して現実に支払われた金額は合計三九八一万二〇〇〇円となるが、長谷川から原告に対して現実に支払われた金額は四五七五万四五二六円となり、結局原告は五九四万二五二六円の利益を得たことになる。

以上の事実が認められ、右認定を左右できる証拠はない。

右事実によれば、長谷川は証券会社である被告の外務員として被告を代理して顧客から株式の買付、売付の注文を受けて株式売買の取引を行う権限を有するものではあるが、長谷川が原告との間でなした取引は、被告に割当がなく買付をすることが不可能な公募株の買付注文を受け、さらに顧客の指示によって買付けてもいない公募株を売却するという全く架空の取引であって、長谷川の右行為は被告の代理人としての権限を著しく逸脱したものというべく、この行為を被告の代理人としての権限の範囲内のものとしてその効果を被告に帰せしめることはできないものといわなければならない。

三、そこで、被告の表見代理責任について判断する。

〈証拠〉を総合すると、長谷川と原告間の取引は一三回の売買のうち一二回までが公募株の売買であるところ、公募株は時価よりも安く買付けることができるところから証券会社でも割当量が少く、顧客に対して大量の買付注文を引受けることはできない性質のものであるのに、本件では一回に三〇〇〇株から一万株にも及ぶ大量の公募株の取引をし、しかもほとんど一か月以内、時には数日後に、すべて相当の利益を取得できる価格で売却しており、損失を生じたことが一回もないという、通常の株式売買取引とは異る取引であったこと、長谷川は、原告に対し、昭和五四年一二月二八日、被告大阪支店作成名義のファミリーファンドの代金二二八万円の領収証一通を、昭和五五年二月一九日、被告大阪支店作成名義のファミリーファンドの代金二四二万円の領収証一通をそれぞれ交付したが、右各領収証は、長谷川が被告の事務所に保管されていたものを勝手に持出したもので、被告大阪支店の角印が押捺されてはいたものの、いずれも印紙が貼付されていなかったこと、長谷川は、右ファミリーファンドを購入した旨原告に報告したが、受益証券は交付しておらず、しかも、その証券の預り証をも原告に交付していなかったこと、長谷川は、原告に対し、株式の売買取引の明細、利益の計算等については、自己の名刺の裏面にメモ書したものを交付してこれを報告していたものであり、別表(二)番号12記載の取引に際して原告に株式売却代金の残額に代わるものとして被告が預っていることを証する書面と称して原告に交付したものは、昭和五三年七月三日に被告がヨシダショウジ(長谷川の弟)宛に保証金代用証券として六二七万円のワリシンを預ったことを証して発行した預り証(甲第六号証)であって、長谷川の説明とは全く異なるものであったこと、原告は昭和四八年八月一〇日、被告に対し、保護預り口座設定申込書を提出して印鑑届出をし、以来被告との間に本件以前に正規の株式売買取引をしたことがあったのに、本件取引では、被告から売買取引明細を記載した売買報告書や株式の保護預り証等被告発行の正規の書類の送付を一回も受けてはいなかったのに、長谷川の言のみを信じて取引を継続していたこと、原告は、別表(二)番号7ないし11記載の株式買付代金については長谷川から代金を立替払したとの説明を受けて協和銀行大阪支店の長谷川の個人口座に振込送金しており、また、別表(二)番号7、9記載の株式売却代金は長谷川個人から猪口博子名義の預金口座に振込送金されていることが認められ、原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は措信し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右事実によると、長谷川が原告に対してなした本件取引行為には、被告の代理人として行うにしては通常ありえないような不審な点が多々存し、従前から株式取引をしたこともあった原告としても、当然長谷川が真実被告の代理人としての権限の範囲内でかかる行為をするのかという点について疑念を抱き、被告の長谷川以外の担当者に対して直接問合わせるなり売買報告書や株式の預り証の送付を求めるなりして、これを確認してしかるべきであり、またそうすることは極めて容易であったのに、あえてそのような措置をとることなく、長谷川の言のみを信じて長谷川の行為が被告の外務員としての代理権限範囲内の行為であると信じたとしても、そう信じたことは重大な過失があったものといわざるをえないから、被告は、長谷川がその権限を逸脱して原告との間でなした本件各取引にもとづく契約上の責任を負うものではないというべきである。

四、よって、原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 山本矩夫)

〈以下省略〉

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